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バンドのためのビギン

更新日:5月16日

Beguine for Band    G. オッサー Glenn (Abe) Osser (1914-2014 ) -Introduction-

私は以前所属していた楽団でこの曲を “音出し” だけはしたことがあるのだが…

凄くいい音がしてメンバーもノッている様子だったので「じゃあこれ演りましょうか」と提案したところ、意外にも反対に遭い断念してしまった。


とてもチャーミングな曲なので、あの時押し切って演奏すれば良かった…といまだに悔いが残っている。






■作曲者

作曲者グレン(エイブ)・オッサーは米国ジャズ界の大御所の一人。当初サクソフォン奏者としてベニー・グッドマンらと録音を残したのち、(あの”ラプソディ・イン・ブルー” を委嘱初演したことで高名な) ポール・ホワイトマン楽団でアレンジャーを務めたほか、ABCやNBCにおける放送分野での音楽キャリアも厚く、またパティ・ペイジやドリス・デイ等有名歌手のバックも務めるなどその活躍は華々しい。

リーダー・アルバムも数多く、その楽曲にはボサ・ノヴァやマンボ、チャチャ、ハワイアンにフラメンコと多種多彩なスタイルでアレンジが施されており、実に幅広い音楽的造詣と手腕を持つと評されている。


シンフォニーバンドが高名なミシガン大学 の卒業生であること、また第二次大戦中はアメリカ海兵隊に従軍したことから、吹奏楽との接点も多かったと思われるオッサーは、ミシガン州にあるポンティアック高校バンドのためにこの「バンドのためのビギン」を書いた。彼の吹奏楽曲は他に「イタリアン・フェスティヴァル」「フレンチ・フェスティヴァル」などがあるが、いずれもポップな作品である。


  ※後掲のようにウイリアム・レヴェリcond.ミシガン大学シンフォニーバンドは1959年に「バンドのための

   ビギン」を演奏し録音を残している。


■楽曲概説 特徴的なビギンのリズムに乗って、抒情的な旋律が伸びやかにそして美しく歌う-小品ながら聴くもののハートを瞬間に捉える、なかなかに素敵な楽曲である。1954年初演の吹奏楽オリジナル・ポップスの草分けともいうべき作品であるが、1954年はルロイ・アンダーソンが名作「トランペット吹きの休日」を発表した年でもあり、この曲の誕生には1940年代後半からアンダーソンが築いてきたライト・クラシックの影響があったかもしれない。

  ※曲名は「橋本音源堂」の基本方針に則って訳すなら ”吹奏楽のためのビギン” となる。しかしながら近年この

   曲が演奏される機会は非常に少なく、よく演奏されていたのは1970年代前半までであったことから、その

   当時最も流布していた曲名 ”バンドのためのビギン” を本稿では採用することにした。

ビギンのリズムという流行最先端をフィーチャーした、当時としては極めて ”新しい” 吹奏楽曲だったはずである。全編を支配するロマンティックで優美な旋律があり、これがさまざまに受け継がれ、対旋律やバッキングによってとりどりに彩られていく。またダイナミクスの変化も含めたコントラストに富むことも見逃せない。


  【註】

   尚、この「バンドのためのビギン」は、現在 Hal Leonard 社より J. ヴィンソン ( Johnnie Vinson ) 編曲によ

   るダウングレード版が出版されている。

   この曲の素敵な旋律を活かし、若い奏者たちが触れる機会を増やす意図は評価できるもの。ただ、キーを

   下げ譜割りを簡易なものに変更してダウングレードしたことで、やはりこの曲の魅力は低減してしまって

   いる。これからこの曲に触れようという方は、ぜひともオリジナル版に触れていただきたい。


■ビギン(Beguine)という音楽/リズムについて ✔名曲「ビギン・ザ・ビギン」が発祥

ビギンはコール・ポーターの生んだ名曲「ビギン・ザ・ビギン」(Begin the Beguine) から広まった音楽で、譜例にある通りシンコペーションを効かせた特徴的なリズムパターンが印象的であり、ゆったりとはずむように演奏されるので、旋律的にも優雅で奥行きのある幅広いフレーズが良く似合う。



この曲のほか「ベサメ・ムーチョ」などラテン楽曲のアレンジによく用いられているリズムである。

ビギンの楽曲ではギロ(guiro)やマラカス(maracas) の大活躍するさまが目に浮かぶことだろう。

特にギロの少しひっかけるようにして擦る奏法を活かした、やや粘っこく、しかもはずんだ感じの演奏が求められる。


「バンドのためのビギン」はまさにこのリズムを全編に取り入れた作品である。


尚、吹奏楽曲としては 「シンコペーテッド・マーチ ”明日に向かって”」 (岩井 直溥) や 「高度な技術への指標」 (河辺 浩市) の両ポップス課題曲にビギンのリズムが登場するのが有名。


そして日本の歌謡ポップスとしては 「黄昏のビギン」 ( 永六輔作詞 中村八大作曲 ) がビギンの名曲として挙げられる。

1959年に水原弘によって歌われた楽曲だが、これを1991年にちあきなおみがカヴァーしたことで再評価され、それ以降名だたる多数の歌手たちが次々とカヴァーしてスタンダード名曲となった。そのきっかけとなったちあきあおみのカヴァーは名歌唱として絶賛されている。


【参考・出典】

 ポピュラー・リズムのすべて-ポップス、ロック、ラテンの分析と奏法

 由比 邦子 著 (勁草書房)

 

 ビギンのみならず、ポピュラー音楽全般について 特性とそれを生み出した歴史、

 そして使用される打楽器の奏法、さらに楽曲に使用されるリズムによって特徴ある

 ポイントなどを総覧的に解説した好著



✔ビギンのリズムは「本来のビギン」とは別物 ビギンのことを調べると「マルティニーク島に発祥したダンス・リズム」と説明されていることが多い。しかし結論から云えば、現在「ビギン」と称されている音楽と、この「マルティニーク島生まれのビギン」という音楽とは別物、と考えるのが妥当である。   ※以下、本稿では判りやすくするためにマルティニーク島で発祥し1920-1930年代にパリでも大流行した”本

   来のビギン” を便宜上 「マルティニーク・ビギン」、現在一般的にビギンと称されている音楽を「ビギン」

   表記することとする。 ✔マルティニーク・ビギン (本来のビギン)

マルティニーク・ビギンは中米カリブ海の小アンティル諸島南部のフランス領、マルティニーク島で生まれた。

「それによってベルサイユとギニアが南北アメリカの真ん中で合体できるもの」と称されたマルティニーク・ビギンは、ヨーロッパの宮廷音楽とアフリカのリズムの躍動とが出会い、交じり合ったものとされる。


即ち、当時フランスの植民地であったマルティニークに白人植民者たちが持ち込んだヨーロッパの芸術音楽 (メヌエット・ガヴォット・カドリーユ・ワルツ・ポルカ・マズルカなど) が、黒人奴隷の労働歌や伝承民謡 (ラギア・ベレール・レローズ・カレンダ・オートタイユなど) と一つになって雑種音楽を生みだし、これが1848年の奴隷制廃止の後、さらにクレオール音楽として発展していったものである。

  ※マルティニーク島 ( Martinique )

   ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やポール・ゴーギャンに深く愛されたことでも知られる。殊に、日本

   とも関係の深いハーンがマルティニークの自然とクレオールの文化、クレオール女性の魅力に強く惹かれ

   ていたことは有名。    既にマルティニーク・ビギンも誕生していた1902年にペレー山大噴火により当時の首府サン・ピエールが

   壊滅するという悲劇も起こっている。

【出典・参考】

「マルティニーク熱帯紀行」工藤 美代子著(恒文社)

「クレオール、世紀末の旅から」小泉 凡著~カリブ響きあう多様性

(ディスクユニオン)


このマルティニーク・ビギンはパリへと渡り、1920-1930年代を中心に一大センセーションを巻き起こす。

その当時の歴史的名曲・名演を集めたCD全集が「ビギンの黄金時代 1929-1940」「ビギンの再発見 1930-1942」である。(左画像)


そこには ”ビギン” と名のつく楽曲が多く収録されているのだが、聴いてみるといずれも悉く、ビギンの特徴とされるあの ”ズチャーチャ ズチャズチャ” というリズムとは無縁なのだ!

またマルティニーク・ビギンの全盛期には、”ビギン” と同様に”ヴァルス” や”マズルカ・クレオール” なども流行を極めたそうで、それらも聴くことができるが、やはり ”ズチャーチャズチャズチャ” はどこにも登場しない。




マルティニーク・ビギンの音楽としての特徴は「ラグタイム」に近いと感じられる。


代表的な演奏家としてクラリネット奏者アレクサンドル・ステリオ (Alexandre Stellio 1885-1939) らが挙げられるが、いずれの楽曲も民族的個性の強い、陽気でエキゾティックで熱狂的な魅力に溢れた音楽となっている。


こうしてマルティニーク・ビギンが生んだマルティニーク音楽の流れは、カリ(KALI)がアルバム「ラシーヌ」(1988年)「ラシーヌ2」(1990年) を上梓しヒットするなど、現在もミュージシャンたちに確りと受け継がれ、愛好され続けているのである。


  ※「ビギンの黄金時代」リーフレットを執筆したジャン=ピエール・ムーニエも、CD1曲目に収録されたアレ

   クサンドル・ステリオの ”Sepent Maigre” につき「その様式やメロディー構成がラグタイムのそれを思わ

   せ、スコット・ジョプリンの数ある作品に近いのではないだろうか。」とコメントしている。

  ※またラグタイムギタリストの浜田 隆史氏もマルティニーク・ビギンについて以下のように述られている。

   「ビギンの楽しくロマンティックなメロディーの雰囲気、上品な転調、シンコペーションの型など、どれ    をとってもラグタイムの兄弟のように私は感じている。ピアノ伴奏のあるパートなどは、もろにラグタイ

   ムである。

   ここで数曲聴くことができる「シャンソン・クレオール」は、あまりシンコペートしないが、これは特に

   スコット・ジョプリンのオペラ「トゥリーモニシャ」の独唱パートに似た感覚をとらえることができる。

   ビギンを生んだクレオールたちは、ラグタイムにも大変大きな役割を果たしたようだ。有名なラグタイマ

   ーでは、 Louis Chauvin、Jelly Roll Morton もクレオールだった。David Thomas Roberts のモダン・ラグ

   に流れる音楽精神は、多くがクレオール音楽に根ざしたものだと解釈できる。」


【出典・参考】 

 「ビギンの黄金時代」CDリーフレット解説ジャン=ピエール・ムーニエ著 向風三郎訳

 「マルティニークの「ネグル」な伝統音楽」石塚 紀子著~カリブ響きあう多様性 (ディスクユニオン) より

 「ラグタイムの解説」浜田隆史 http://home.att.ne.jp/star/ragtime/ragtime.htm#maru


✔「現在の」ビギンとその流行

一方、現在「ビギン」と呼ばれている音楽/リズムがコール・ポーター ( Cole Porter 1891-1964 ) の名作 「ビギン・ザ・ビギン」 ( Begin the Beguine )によって初めて確立し、広まったものであることは既に述べた。

ミュージカル「ジュビリー」 ( Jubilee / 1935年 ) のナンバーとして誕生したこの曲は、歌詞もコール・ポーターの作であり、

「ビギンが始まると君との恋の想い出が甦る…」と始まり、嘗ての恋人との再会に戸惑いながらも、また新たに思いを固め、「二人の愛が再び燃え上がるように、またビギンを始めよう」 と歌い上げていくものとなっている。


歌詞中のビギンは ”マルティニーク・ビギン” を指し示しているが、リズムはマルティニーク・ビギンとは違うものだ。これは、コール・ポーターがマルティニーク・ビギンを彼なりに解釈したものであるとか、どちらかといえばボレロに近いなどと評されている。


即ち「ビギン・ザ・ビギン」はマルティニーク・ビギンのことを歌った歌ではあるが、そのリズムはコール・ポーターが新たに生み出した、マルティニーク・ビギンとは異なるものということなのである。

そして 「ビギン・ザ・ビギン」に用いられたリズムが「ビギン」として広まり、「ビギン・ザ・ビギン」が”ビギンの代表作” となって現在に至った、と総括できよう。


「ビギン・ザ・ビギン」はその後1938年にジャズ・クラリネット奏者アーティ・ショウ(Artie Shaw 1910-2004)によってスウィング・ジャズとしてカバーされ大ヒットとなる。

彼の演奏する「ビギン・ザ・ビギン」はもちろんスウィング・ジャズであり、ビギンではない。しかし、このカバー・ヒットが「ビギン・ザ・ビギン」の(原曲を含めた)魅力を広く世に認識せしめ、不滅のスタンダード・ナンバーへと押し上げたことは間違いない。その後「ビギン・ザ・ビギン」はさらにフランク・シナトラやペリー・コモ、さらにフリオ・イグレシアスらの名唱へと歌い継がれていくことになるのである。


本来の題材から離れて誕生し、高く評価されたのはスウィング・ジャズにアレンジされたのがきっかけ-。

つくづくビギンという音楽はユニークなのである。


■楽曲解説

序奏部からしてもう魅力に満ち満ちている!

伸びやかに始まった音楽が響きに豊かさを増してぐんぐん膨らんでいく、夢見るようなオープニングだ。

これが静まって、いよいよ Oboe が魅力的な旋律を奏で始める。

抒情的で美しく、加えてビギンのリズムを活かしたスケールの大きなこの旋律が生み出せた時点で、既にこの楽曲は成功していると云えよう。

伴奏でビギンのアクセントを醸す Clarinet の音色もとても心地よい。

この一つの旋律を、木管高音~木管テュッティ~中音楽器群 (Horn、 Sax、 Euphonium )~Cornet リードの木管テュッティ、と引継ぎ歌い上げていくのだが、巧みな転調を施しつつMuted Trumpet の音色を活かしたバッキングや Euphonium のふくよかなカノン風の対旋律、

金管群のダイナミックなブレイクなどの装飾も凝らすことで、次々に色彩を変え表情を変えていくのが見事である。


グリッサンドをかけながら上昇していく音型のブリッジを挟んで更に転調し、

スケールを拡大していく。ここでも効果的な G.P. を用いた感情の昂ぶりの表現や、続いて中低音群が描く戦慄の角ばったイメージなど、変化に富んで飽きさせることがない。


最後はもう一度転調して Horn+Sax. の雄大なオブリガートが劇的に絡んで高揚し、

コーダに突入するやスピード感を増して一気に華々しく曲を締めくくる。

鮮やかさ極まるエンディングには拍手喝采間違いなし!である。

■推奨音源

フレデリック・フェネルcond. ダラス・ウインド・シンフォニー

この曲の再評価のきっかけを作ってくれた名演、美しく爽快な演奏となっており楽曲の魅力を堪能できよう。

”吹奏楽アンコール名曲集” としてリリースされたこのCDの中でも、「バンドのためのビギン」は一際魅力を放っている。





【その他の所有音源】

 ウイリアム・レヴェリcond.ミシガン大学シンフォニーバンド

 指揮者なし ケンウッド・ブラス・アンサンブル

-Epilogue-

それにしても調べれば調べるほど 「ビギン」 の迷宮に嵌り…

疲れたけれどもとても勉強になった。

それを通じて興味深い音楽たちとの新たな出会いもあったことは、大きな喜びになっている。


     <Originally Issued on 2013.4.14. / Revised on 2022.12.1. / Further Revised on 2023.12.3.>


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