海の歌
- hassey-ikka8
- 2023年11月8日
- 読了時間: 8分
更新日:1月16日
A Song of the Sea R. ミッチェル Rex Mitchell ( 1929-2011 )
-Introduction-
フルスコアに掲載された解説によれば「海のさまざまな肖像を描いた」としながら一方で、「特定の海の姿・雰囲気・事象を描いたものではない」とし、「聴き手の想像に任せる」と云う。
標題からしてごく具体的な情景描写の楽曲かと思いきや、必ずしもそうではないらしい。
■作曲者

レックス・ミッチェルはアメリカ/ペンシルヴァニア州を活動の拠点とし、1979年頃には同地クラリオン大学で教鞭を執って、ジャズバンドの指導にもあたり、2001-2002年のシーズンにはペンシルヴァニア州選抜バンドの指揮者も務めた人物である。
音楽之友社が彼の 「序奏とファンタジア」 「コンサート・ミニアチュア」 を、音源とともに相次いで出版したこともあり、本邦ではその幻想的でロマンチック、そして親しみやすく美しい旋律とモダンなリズムとハーモニーから成る作風が早くから広く人気を集めた。
不思議なことに、海外盤の音源にはミッチェルの録音がほとんどなく、もしかすると日本での人気が突出して高いという可能性がある。
1979年に出版されたこの「海の歌」は、ミッチェルの作品の中でも最も人気の高い作品である。
■楽曲概説

序奏-A(緩)-B(緩)-C(急)-A(緩)-B(緩)-コーダという明快な形式。前述の通り海の風景を綿密に描写したのではなく、海から与えられるさまざまな印象を大きく捉えた楽曲と考えられるが、優美な旋律を中心に据え、それをコントラスト豊かに聴かせるさまざまな趣向が凝らされた作品で、世代を超えて愛される名曲といえる。

作曲者ミッチェルの思い描いた「海」について、記録や解説は見当たらない。ミッチェルの生涯を見るとペンシルヴァニア州ピッツバーグに生まれ、学生時代を過ごしたのも勤務したのもペンシルヴァニアと西に隣接するオハイオというアメリカ内陸の州であり、身近に海を感じていた生活ではない (海よりエリー湖が近い) ように思われる。
敢えてミッチェルの念頭にあった海を想定するならば…ということで、ロケーションが比較的近いアメリカ東海岸の海ではないかと推定してみた。
その代表的なビーチとしてはケープ・メイ (Cape May:ニュージャージー州の東海岸で、最も古いリゾート地) やリホーボス・ビーチ (Rehoboth Beach:デラウェア州の有名な夏季リゾート地、水がきれいなことで有名) あたりと想定できるので、その情景を紹介してみる。
(上画像参照)
曲の冒頭は海に日が昇る情景を感じさせるが、我々日本人の身近なものより遥かに広大な水平線の、その向こうから昇る朝日をイメージするのが適切かもしれない。
■楽曲解説

Timpani の静かなロールの上に、遠く Chimes が2度打ち鳴らされ、その響きによって曲は始まる。
これに続き、朝日に煌く波のような木管楽器の16分音符に導かれて Trumpet のファンファーレが鳴り響き、壮大なる海の夜明けを告げるのだ。
-いくら特定の場面を描いてはいない、とは云ってもここでイメージされるのは広大な水平線から昇る朝日の情景に他ならないだろう。全楽器が雄大な風景を描くこの冒頭は輝きに満ち、実にスケールの大きな音楽なのである。
(有名なコンクール録音の影響か、この部分に小細工を施す演奏が時折あるが、そんなものは全く必要ない。ここで一番大切なのは、ひたすら真直ぐに壮大なスケールを表現すること以外
にない。)
高揚した序奏が静まり、Vibraphone のソロが第一主題を提示する。

吹奏楽において、鍵盤打楽器で最初の主題提示を行うのは非常に斬新である。
ましてや motor on の Vibraphone が発する独特の音色と音響は相当に印象的だ。
ミッチェルは1970年に発表した「序奏とファンタジア」でも Marimba によって最初の主題提示をしており、ミッチェル得意の手法ともいえるものではあるが、この斬新な提示によって全曲を支配する幻想的なムードを醸し出すことに成功している。 ※ヴィブラフォン / ヴァイブラフォン (Vibraphone)

鉄琴の一種で木琴におけるマリンバと同様に音板の下に共鳴管を備えており、グロッケンシュピールより余韻が長い。また音板と共鳴管の間にファン (はね) が装着されており、これをモーターで回転させることによってビブラートをかけることを可能ともしている。その回転速度を調節することで表現を変えることもできる。
1916年頃アメリカのLeedy社によって開発され1921年に販売開始されたのがヴィブラフォンの起源であるが、1927年にDeagan社がSchluterに依頼し開発したものが現在ヴィブラフォンと呼ばれているすべての楽器のテンプレートになっている。
ヴィブラフォンはジャズの分野で普及した経緯にあり、ライオネル・ハンプトンにより1930年に録音された「Memories of you」 がヴィブラフォンの即興ソロが入った最初の録音と言われている。一方、クラシック音楽ではアルバン・ベルクのオペラ 「ルル」 の中で効果的に使用されたのが最初である。近年では吹奏楽作品において弦楽器の弓で鍵盤を弾く奏法も多用されてきている。
尚、日本国内で最も人口に膾炙したヴィブラフォンの演奏には、何と言ってもアニメ 「ルパン三世 '80」 のテーマ(大野 雄二作曲)が挙げられよう。 (出典・参考:音楽之友社「新音楽辞典」、横田郁美氏HP)
その第一主題は木管楽器によって改めてしめやかに歌い出される。それが徐々に熱気を帯び高揚するのだが、Trumpet が連なって高揚させる効果が、優美で深遠な旋律の魅力を一層高めている。殊にキーを上げて繰り返され Hi B♭に達する Trumpet 独特の輝きは、旋律の高揚に ”充足感” を与えているのである。

それ以外にも、幻想性と煽情を高める16分音符の伴奏や

抒情的なベースラインによる締括りの楽句によって、旋律の魅力を一層高めて聴かせるのである。

やがて穏やかな凪を表す如き4/5拍子 Freely に転じ、Horn によって一層センチメンタルな第ニ主題が奏される。
それを受けた Alto Sax. の艶やかだが切ないソロのニュアンスが非常に魅力的である。

冒頭のファンファーレ旋律を Euphonium が穏やかに呼び戻してブリッジへ続き、テンポを上げてAgitato (♩=96-100) へと入る。緊張感に満ちた Saxophone セクションの伴奏にのり、Oboe ソロから第一主題を変奏した旋律が始まる。

Snare Drum のリズムを合図に更にギアを上げ Allegro (♩=138) へ、スピードとダイナミクスを上げることで目に浮かぶ光景をより雄大なものへと転じさせるのが凄い。

このAllegroにおいては、金管中低音のフレーズも効果的に楽曲にアクセントと変化を与え、色彩とコントラストを更に豊かにしていくことで、聴くものを惹きつけ続けている

拍子感を喪失させたフレーズに鋭いリズムのカウンターという、一味絶妙な変化を噛ませているのも見逃せない。
そしてこの楽句から、いよいよ全曲中最大のクライマックスへと煽るシンコペーションを効かせたブレイク・フレーズ (116小節) の鮮やかさ、カッコ良さは圧倒的というほかないものである。


そして遂に、まさにバンドの全エネルギーが集結するクライマックスへ。その熱量のもの凄さ…
いや「海」を描いているのだとするならば風量か-。
そのエキサイティングさ、血が沸騰し頬を伝って頭髪へ上がって行くような興奮の感覚を、あくまでも美しき轟音で表現できたら素晴らしい!
その fff の頂点で劇的な Timpani ソロが現れ、興奮は終結へと向かっていく。

あたかも夢を見ていたのように喧騒と興奮は鎮まり、冷めやらぬ余韻の中で第一旋律そして第二旋律がコンパクトに再現される。
第二旋律が再び放射状に熱を帯び、Horn (+Alto Sax. ) のグリサンドも鮮やかなオブリガートともに最後の高揚を見せる。

ほどなくそれも穏やかに冒頭のファンファーレ旋律を奏する Trombone (+Euphonium, Tenor Sax. ) と Chime の響きによって締め括られ、名残惜し気な Horn ソロに見送られてコーダに移る。
第一主題のモチーフによるフレーズが徐々に遠くなり、安寧と鎮静とを湛えた幻想的なエンディングを迎える。

■推奨音源

フレデリック・フェネルcond.
東京佼成ウインドオーケストラ
この曲が備えた変化とコントラストとを積極的に表現した好演。

汐澤 安彦cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
より端正な印象、この曲のもう一つの側面であるナイーブさの伝わる好演。
【その他の所有音源】
小澤 俊朗cond. 東京シンフォニックウインドオーケストラ
木村 吉宏cond. 広島ウインドオーケストラ
現田 茂夫cond. 大阪市音楽団(Live)
丸谷 明夫cond. なにわオーケストラル・ウインズ(Live)
-Epilogue-
わかりやすく、旋律の美しさやモダンな響きだけを見ても充分魅力的と言える楽曲である。しかしながら、この曲が愛され続けているのは作曲者ミッチェルがこれでもかと言わんばかりに詰め込んだフレーズの煌き、旋律の良さを一層生かすために「創り込んだ」さまざまなアイディアや創意工夫が、聴くものを惹きつけるからに他ならない。
演奏においてはそうしたものを一つ一つ確りと認識そして理解し、丁寧に表現しなければならないのである。
<Originally Issued on 2007.1.5. / Overall Revised on 2022.10.24. / Further Revised on 2023.11.8.>
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