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ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス

更新日:7月3日

With Heart and Voice   D. R. ギリングハム David R. Gillingham ( 1947- )


-Introduction-

「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」 (2000年) は明快な内容と、祝典音楽としての”華やぎ” も有していることから、ギリングハム作品の中でも人気が高い。

2003年の全日本吹奏楽コンクールでは樽町中と広島大がこの曲を採り上げて見事金賞を受賞、人気は一気にブレイクした。

旋律は2つであり、”苦悩から歓喜へ” のストーリー建てとともにわかりやすい内容の楽曲だが、Piano を含めた千般の打楽器を駆使した多彩さや、曲想の鮮やかな変化・聴かせどころとなるクライマックスに至る構成など、音楽的な説得力の高い傑作である。



■作曲者

デヴィッド・ギリングハムは 「黙示録による幻想」 「創世記」の2つの交響曲、「エアロダイナミクス」 「ギャラクティック・エンパイア」 などで知られ、吹奏楽界で確固たる地位を確立したアメリカの人気作曲家である。ダイナミックなサウンドと、現代感覚のある曲想がその魅力となっている。

「ベトナムの回顧」 「アンド・キャン・イット・ビー?」 「目覚める天使たち」 といった時事問題をテーマにしたシリアスな作品もあるが、これらを含めた多くが標題音楽であり、内容がインスピレーションの対象に直結しているという ”判りやすさ” も、人気を集めている要因だろう。


■作品概説

✔作曲経緯と作品に込められたもの 「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」 は、ミネソタ州のアップル・ヴァレー高校の創立25周年を記念してギリングハムへ委嘱された作品である。

ギリングハムは同校を訪問した際にその芸術への傾倒ぶりに感銘を受け、大きなインスピレーションを得たとのことである。加えて同校の校歌がギリングハムが特に好んだ聖歌 ( "Come Christians, Join to Sing" )と同一であったことに、運命を感じたという。

かくしてギリングハムは委嘱を快諾し、"Come Christians, Join to Sing" の主題をフィーチャーした楽曲を完成、創立時の不安から学校としての使命への傾倒、そしてその使命を忘れることなく達成へと進む同校の未来を描いて、アップル・ヴァレー高校を祝うものとしたのである。


「聖歌 ”Come Christians, Join to Sing” の最初の一節には ”Let all, with heart and voice, before his throne rejoice” というくだりがあり、これに基いて標題は ”With Heart and Voice” となった。素晴らしいアップル・ヴァレー高校の25年間を祝福するに、我々の ”心”と ”声” を以ってするに勝ることはあるまい。ここでの ”声” とは音楽であり、そして ”心” とは祝典において音楽が与えてくれる感動のことである。」

                                        -ギリングハムのコメント


聖歌 ”Come Christians, Join to Sing”

「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」 にフィーチャーされた聖歌 ”Come Christians, Join to Sing” (来たれ教徒よ、ともに歌わん) は古くからスペインに伝承されていた旋律とのことだが、これは元々 ”Come Children, Join to Sing”という題名で、子供たちの日曜学校の歌であった。これを現在の歌詞の作者であるC. H. ベイトマン ( Christian H. Bateman )が 「この聖歌があらゆる人々に愛唱されるように」 と改めたものである。

ベイトマンによる作詞は1843年であり、スコットランドにおける子供向けの聖歌集に初出している。



※歌詞の各連に現れる 「アレルヤ (Alleluia)」 「アーメン(Amen)」 は意味深い聖書用語とされる。

 「アレルヤ」 は英語の「ハレルヤ」と同義のラテン語で ”主を讃えよ” を意味するもの。一方、祈りの締めくくりとな

 ることが多い 「アーメン」 は ”真実” ”確信をもって” ”そうあれかし” といったことを意味する。

 従って、讃美の 「アレルヤ」 と喜びを確信する 「アーメン」 とを組み合わせた歌詞を持つこの聖歌は、主キリストを

 讃える音楽で満たされていうことになる。「現在、そして今後永久に主への讃歌を歌おう」とキリスト教徒に呼びか

 けるものであり、老若男女を問わず全ての人々に受容れられる聖歌と位置づけられている。


【出典】HP:Center for Church Music (原曲の合唱音源もあり)


■楽曲解説

楽曲としては、

1. アップル・ヴァレー高校の校歌でもある聖歌 ”Come Christians, Join to Sing” の主題

2. 同高校の芸術への傾倒 (commitment) という ”使命” (mission) を表すオリジナルの主題

の2つの旋律を用いたコラージュというべき作品。

密やかで緊張感の高い導入部に始まり、美しくたおやかな歌があり、荘厳で輝かしい歌があり、激しい打楽器群の鳴動があり、16ビートの現代的でエネルギッシュな場面もある。

そして変拍子でアクセントをつけたかと思うと、2つの旋律が一つになって高揚するクライマックス、そして最後は快速・迫力・華麗を兼ね備えた終結部 -と、極めて多彩な楽曲となっている。


一方、ギリングハムのオリジナルである ”使命の主題” は ”聖歌” からの派生的なものであり、

当初から ”聖歌” と一つとなって歌われることが想定されていただろう。楽曲の設計と作曲意図が非常に明確であり、2つの主題が密接な関係を有していることが、全曲に亘り統一感を与えている。

以上のように、約9分弱の音楽の中で ”多彩さ”と ”統一感” とが見事に両立しているものであり、ギリングハムの最高傑作の一つと評価できよう。


詳細は、ギリングハム自身の解説 (「 」) に沿ってご紹介する。

「曲のもつ性格としてはまずもって祝典の楽曲なのだが、この曲は遠慮がち且つ不安気に始まる。おそらくアップル・ヴァレー高校の創立時がそうだったように…。

同校の校歌の小さな断片が冒頭に聴こえてきて、この最初の4音が徐々に勢いを増し、重なり合い、音量を増して、導入部は劇的なクライマックスを迎える。」

Piano とGlocken、Vibraphone、Crotales が醸す幻想的な響きの中から Fagotto に始まりTrombone そして Horn に繋がる暗鬱なモチーフ提示はまさに不安と迷いとを表すものだ。

モチーフの応答に決然とした Timpani ソロと木管群のオブリガートが加わってそれが徐々に力を蓄え、逞しく変貌して実にダイナミックなクライマックスに至る- 序奏部からして実に示唆的にして劇的である。


「これが静まって、抒情的な Flute ソロが現れる。この新要素は、優れた学園たることと芸術への傾倒とに根ざしていくべく創立されたアップル・ヴァレー高校の ”使命” のユニークさを表現するものだ。 Euphonium が Flute に谺し、ほどなく他の楽器も加わってきて、劇的なファンファーレとともに高揚してい


”使命”の主題を提示する瑞々しい Flute ソロと、包容力に満ちた Euphonium の応答。この部分では Euphonium という楽器の特長が存分に発揮されている。

これを Horn が雄大に変奏したのち、細かいリズムの応答となって音楽は活気を帯びてくる。


「続いて不協和音と活発なリズムを伴った移行部となるが、これこそは新設校に命を吹き込もうとした挑戦を示すもの。さらに校歌 (聖歌) が輝かしく提示され、25年前のアップル・ヴァレー高校の献身を表している。」

重厚なコラールのカウンターとして放たれる Trumpet (+高音木管群) の16分音符の華々しさは大変印象的であり、この楽句は後に最終盤のクライマックスでも現れて、ここと呼応することとなる。


「目まぐるしい打楽器群の動きをバックに展開するフーガは、同校の目標ならびに使命に対する、たゆみない挑戦そのものである。熱狂的であり、鬼気迫らんばかりに昂ぶるが、それもやがて落ち着いてゆく。

”校歌の旋律” と ”使命の旋律”とが一つになって大いなる安寧を描写するのだ。」


激烈な打楽器ソリに導かれて Intense (「激しく」♩=144) に突入し木管低音+Euphonium からフーガが開始される。ここでは Hi-hat (closed tight) の16ビートが醸すスピード感の中で奏される打楽器群のリズムと、息の長いフーガの旋律とがクロスオーバーして展開する、実にスリリングな音楽である。


ひとしきり昂ったのちに再び Flute ソロ (With reverence ♩=

60) となって安寧を取戻すが、ここでは Alto Sax. も加わってデュエットとなるのが何とも心地良い。


そしてアンティフォナルな 金管群の華々しいサウンドに続いて変拍子で打楽器が掛け合う経過を挟んだ後に、スケールを更に拡大して校歌=聖歌が現れる。その澄み切った雄大さは実に感動的である。










「…アップル・ヴァレー高校は存立し続けるために、自らの ”使命” を決して忘れてはならないのである。

拡張された終結部では、陽気で楽しげに、そして劇的さをもった祝典のムードに溢れて2つの主題が奏され、全曲を締めくくる。」

最終盤では華々しく上行する8分音符(1拍4連)、変拍子での打楽器で印象づけられたモチーフの掛け合いなど、それまでに現れた楽句がこぞって結集し、圧倒的な賑やかさと鮮烈さの中で全曲の終幕へ向かう。


それまで自由に、さまざまな表情を見せていた音楽が、2つの主題の一体となったクライマックスへ集約していくさまは、 (ある意味 ”お約束” とはいえ) 洵に感動的!


そして終結部に現れる金管群の重厚で輝かしいサウンドや、野趣あふれるドラ (Tam-tam)の響きは理屈抜きにエキサイティングであり、熱情的なエンディングに心躍らされる。




尚、全編に亘りさまざまな打楽器群が登場し、その演奏には優れた音色・精密さと積極的な表現が求められる。優秀な Percussion パートの存在が好演の前提となることは、疑いないだろう。

   ※ Timpani, Crotales(Antique cymbals), Xylophone, Temple blocks, Bells, Crash cymbal, Tam-tam,    

     Vibraphone, Chimes, Hi-hat, Snare drum, Tom-toms, Bass drum, Brake drum, Suspended cymbal,

     Marimba


■推奨音源

ユージン・コーポロン cond.

昭和ウインド・シンフォニー (Live) この曲の勘所を極めて適切に押さえた好演。

この曲が備えたいくつかのクライマックスを確りと奏し切り、コントラストの鮮やかさも光り感動的な演奏に仕上げている。

積極的でメリハリのある表現は、個々のプレイヤーの自発性の高さゆえ。全曲をよく見透した構成力のある演奏であり、ここぞという場面で開華する鮮やかなサウンドも見事!




【その他の所有音源】

 デヴィッド・ギリングハム cond. フィルハーモニックウインズ大阪 [Live/自作自演]

 デニス・フィッシャー cond. ノーステキサス大学シンフォニックバンド

 井上 道義 cond. 大阪市音楽団 [Live]

 鈴木 孝佳 cond. TADウインド・シンフォニー [Live]

 加養 浩幸 cond. 土気シビック・ウインドオーケストラ


-Epilogue-

明快な楽曲であるからこそ、この曲の演奏には「ニュアンス」がほしい。 序奏部からしてあのヒリヒリとして徐々に徐々にテンションが昂るさまなどは、ひたすらインテンポでリズムと音程を正確に揃えて…では決して生み出すことのできない世界だろう。

そのレベルの演奏に止まることを、指揮者もそして奏者も決して良しとしてはならない。


-なのにプロフェッショナルの楽団においても、そのような演奏を耳にすることがあるのは文字通り「遺憾」としか言いようがない。そしてそれはこの曲に限ったことではないが…。



<Originally Issued on 2009.5.29. / Completely Revised on 2024.6.29.>

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