Jacob's Ladder to a Crescent 真島 俊夫 Toshio Mashima ( 1949-2016 )
-Introduction-
自然現象の「ヤコブのはしご(天使の梯子/光芒)」
「吹奏楽曲」の特徴として、理屈抜きに聴くものの心を躍らせる”カッコ良さ”というものがある。そもそも華やかで豊かなダイナミクスを持つ金管楽器群の充実を擁する吹奏楽が、そのような魅力を有するのは必然である。内省的で深遠-という性格の音楽ではなくとも、湧き立つ音楽の楽しみに思わず心が弾むのである。 「行進曲は何か私の心を惹きつけるものがある。それは人間の体内組織にある基本的なリズム感に対して語りかけ、或いはそれに反応し、生命力の全ての核心を刺激し、想像力を呼び覚ますものでなくてはならない。また大理石の彫像のように立派なものでなければならないし、内容に誤魔化しなどあってはもちろんいけない。音楽を嫌いな人の心の中にもアピールし、義足の人でさえも生き生きと歩かせる魅力を持たなくてはいけない。」
(スーザ自伝より/村方千之 訳)
吹奏楽の ”源流” であるマーチに込めたこのスーザの言葉は、吹奏楽そのものの本質を語っているとも云える。
そのような「理屈抜きにカッコ良い作品」を世に送り出し続けたのが真島 俊夫という作曲家であり、その最たるものがこの「三日月に架かるヤコブのはしご」なのである。
■作曲者
作曲者・真島 俊夫は吹奏楽においてオリジナル曲/クラシックアレンジ/ポップスアレンジという広いジャンルに亘り、非常に多くの秀作を提供した作・編曲家である。
兼田 敏に師事し研鑽を積んだが、そのモダンでメロディアスな曲想、そしてダイナミクスと色彩の変化に富んだオーケストレーションは魅力に溢れている。ジャズ/ポップスの分野での造詣も深く、それ故に同分野と吹奏楽の接点拡大にも注力し、岩井 直溥から「ニューサウンズインブラス」を後継したことでも高名である。
フランス近代作品への愛着も深く、オリジナル作品にその影響が感じられるほか、「ダフニスとクロエ」「喜びの島」といった優れた編曲作品でも知られる。残念ながら、まだまだ活躍が期待されていた2016年に67才で逝去し、幅広いファンに惜しまれた。
■楽曲概説
✔「三日月」は関西学院大学の校章
「三日月に架かるヤコブのはしご」は関西学院大学応援団総部吹奏楽部の創立40周年を記念して委嘱され、1993年に作曲された。標題にある「三日月」とは ”満ちてゆく三日月” を表す、委嘱者である関西学院大学の校章=エンブレムのこと。
「私たちは今あらゆる面で不完全な者であるが、新月がしだいにふくらんで満月となっていくように、絶えず向上していきたいとの願いをこめています。また、月は自らを光を放つのではなく、太陽の光を受けて暗い夜を照らすように、私たちは神の恵みを受けて、それを地上に伝え、世の中を明るくしていきたいとの念願を表しています。学院が創立された当時、学生らが秋の宵に輝く三日月を仰ぎ、このような啓示を得たということです。」 (関西学院大学HPより) ✔ヤコブの梯子 旧約聖書・創世記第二部 (イスラエルの父祖たち) =28章10-12節にある、ヤコブが夢で見た天への梯子のこと。ヤコブは神ヤハウェが最初に創った「人」アダムから、(洪水のエピソードで知られる)ノア~アブラハム~イサクと繋がるその子孫である。
「ヤコブの梯子」とはこのヤコブが、双子の兄イサウの怒りから逃れてカナンの地から出立し伯父の下へと旅をする途中のペデルというところで野営をした際、そこで石の枕に横たわり見た夢に登場するものだ。それは 天に達する梯子が地に届いており、天使たちがそれを昇ったり降りたりする光景 であった。
”そして彼は夢を見た。みると一つの梯子が地に向かって立てられ、その先は天に届いていた。なんとまた、神の使いたちがそれを上り下りしていた。 さらには、ヤハウェが彼の傍らに立っていた。”
ヤコブはこの時に神ヤハウェから
「みよ、わたしはあなたとともにおり、あなたがいくすべての場所であなたを守り、この土地に連れ戻す。わたしがあなたに語ったことを果たすまでは、あなたを決して見棄てない。」
との言葉を受ける。イスラエルの父祖として民族を代表する存在である彼は、神の顕現に接しその加護を得たのである。
【出典・参考】旧約聖書Ⅰ創世記 旧約聖書翻訳委員会・月本昭男 訳 (岩波書店)
✔作品概括
「三日月に架かるヤコブのはしご」について、作曲者である真島 俊夫自身は 「曲想は、関西学院大学のシンボル (校章) である ”三日月” を題材として構成したもので、旧約聖書に出てくる「ヤコブのはしご」を遥か彼方に美しく蒼く光る三日月の端に引っかけて、その高さに到達したという憧憬を描いたものです。」
とコメントしている。
関西学院大学の三日月に込められた理念と旧約聖書のエピソードとを結びつけ、そこから自由に発想を飛ばしイメージを夢想したものということだが、すなわち(神の加護を受けつつ)努力を続け、それを更に続けんとする関西学院大学応援団総部吹奏楽部の弥栄を祈る楽曲なのである。
楽曲中にヤコブの見た夢の幻想的な情景を想起させる部分も織り込まれてはいるが、題名が指し示す標題音楽というよりもあくまで祝典音楽として捉えるべき作品である。
その華麗さ・色彩の豊かさ・ロマンティックさが群を抜いているのも当然であろう。
■楽曲解説
重厚なサウンドと華々しいファンファーレ楽句、荒れ狂う波のような木管に響き渡るドラ…という超ド派手なオープニング。
”何か来る” と予感がした次の瞬間、ぱあっと視界が開け、雄雄しくも華麗極まる Horn のソリ!
嗚呼、何というカッコイイ曲だろうか。もうこの段階でエクスタシー…。
※本稿における楽曲描写は、後掲する金 洪才cond.東京佼成ウインドオーケストラの演奏を念頭に置いている
ことを予めおことわりしておく。冒頭から主部のスコア記載テンポは12/8拍子Maestoso ♩.= 118なのだが、
金 洪才はこれを ♩.= 96 くらいのテンポで演奏している。また中間部を終えてVivaceのブリッジに入るが、
ここの指定テンポは6/8拍子 ♩.= 156でありこのテンポはそののちに拍子が2/4・3/4・4/4へ変わっても維持さ
れるように譜面上は書かれている。しかし金 洪才は主部再現直前の169~175小節については ♩=88くらい
の悠々としたテンポで演奏しているのである。このように、スコア指定とは異なるテンポ設定で演奏すること
によって、楽曲の擁する劇的要素が最大限に発揮されていると思われるので、その金 洪才cond. 東京佼成ウイ
ンドオーケストラによる演奏のイメージで語らせていただく次第である。
この曲の構成は、ブリッジ部分とコーダを擁した「急-緩-急」の三部から成る序曲形式と捉えることができる。
12/8拍子 Maestoso、 華美でスケールが大きく、それでいてスピード感のある6小節の序奏で曲は開始、大きく揺さぶるような全合奏のダイナミックな鳴動に遠くから Horn が切り込んだと思ったその瞬間、視界が雄大に開けて Horn の大ソリとなる。
この上なく威風堂々たる鮮烈な旋律提示であり、思わず ”カッコイイー!!”と声を挙げてしまいそうな、惚れ惚れとする場面である。
独特の譜割が大変個性的で斬新、これが Trombone+Euphonium+木管中低音 で繰り返されたのち転調して主部に入り、Trumpet の華々しい旋律へと受け継がれる。
スピード感と華麗さに溢れるこの部分は、一旦静まって美しい木管楽器の歌を聴かせる。この旋律が含む抒情の豊かさにまた惹きつけられる。
そして夥しい上昇感をもって高揚し、再び Trumpet のフレーズへ…。ここもまさに理屈抜きにカッコいい音楽であり、かつ感動的なのである。
フル・テュッティでシンコペーションの楽句をfffで奏し、ドラの一撃でブレイク!その興奮が静まって Horn ソロとなる。今度は Horn がたおやかな表情を見せ、徐々に幻想的なムードを漂わせていく。
さらに Flute - Alto Sax.- Oboe と奏されるソロに続く4/4拍子 Andante のブリッジは曲中最も幻想的な部分であり、月世界或いは月明かりに照らされた砂漠の情景を想起させる。
ここではベースラインと4声の Cup Muted Trombone の伴奏 (グリッサンドがお洒落!)を従えた、2Alto+Tenor+Baritoneの4声による Saxophone ソリ…。Big Bandのサウンドで展開される音風景である。
このモダンな ”浮遊感覚” を存分に味わいたい。
このブリッジとそれに続く中間部は「ヤコブの夢」を描写する部分と云っても良いであろう。 Cor anglais、 Oboe とロマンティックな主題が受け継がれて始まるが、マリンバの伴奏が魅力を放っているのも見逃せない。
転調してEuphonium (+木管低音) に旋律が移ると、これを木管楽器のオブリガートが存分に彩る。
各楽器の音色対比を縦横無尽に発揮しながら抒情性を満喫させるのである。
やがて天への憧れがとめどなく昂ぶっていくように、伴奏の木管の3連符が4連符となってクライマックスへ向かう。
一転、6/8拍子 Vivace となって Fagotto のソリが聴こえ、ブリッジへ。ここから始まる多彩な音色変化も聴きものだ。
やがて急激に高揚して高音・低音が鮮やかなコントラストを見せたかと思うと、今度はスケール感を増した Horn ソリによって、再現部へ向かって雄大な旋律が歌われる。ここもまた堂々たる Horn の見せ場となっている。
スピード感が戻ってきてコンパクトな再現部、最後は Meno Mosso となり主題が重厚なるファンファーレで奏される。
A Tempo 以降はひたすらアジテートしながらテンションも上げ続け、豪快で劇的なエンディングとなる。
全曲を終う低音の楽句に続いて響きわたる圧倒的なサウンド…
もう BRAVO ! の一言だ。
寄せては返す波のように、音楽は拡大と収縮を繰り返し、しかも品があるので実に聴き応えがある。特に随所に織り込まれた「高揚感」は、真島 俊夫ならではの見事さである。
各楽器の音色や個性を生かしきっているので、指定通りの楽器を揃えて演奏したい。
そして何よりこの曲を好演とするのは「どうしたらカッコ良くなるか」を突き詰めることだと思う。解りやすい楽曲だからと安易に演奏するのではなく、「カッコ悪いこと」を徹底的に排除し、「もっとカッコ良く!」 を追求し尽くした時、この楽曲は真価を輝かせるだろう。
■推奨音源
金 洪才cond. 東京佼成ウインドオーケストラ
この楽曲の理想的な姿を示す名演。スピード感のある音色で神経の行き届いた丁寧な演奏、かつ大変劇的な曲作りが素晴らしく、感動的。
移り変わるテンポの設定もニュアンスに富んでおり、絶妙である。既述の通りこの演奏はフルスコア表示より遅めのテンポ設定だが、その的確さが光る。
例えば序奏に重厚さを増し、そこからの期待感の高まりに続いて炸裂する最初の Horn ソリを実に鮮烈に演出したり、また主部再現前は雄大なテンポとして Horn ソリを際立たせるなどのように他の演奏とは一味違う次元に達している。また、この遅めのテンポ設定ゆえ主部に舞曲的なニュアンスを生んでいることにも注目したい。
-そしてもしLiveで Horn がこの演奏ほどキメてくれたら、文字通り冒頭で私は ”イって” しまうだろう。
【その他の所有音源】
ハリー・D・バスcond. バーデン=ヴュルテンベルク・ウインドオーケストラ
-Epilogue-
とにかく Horn の活躍が目覚ましく、硬軟両面でその魅力を存分に発揮している楽曲である。この曲を聴くと吹奏楽という合奏音楽の魅力を発揮させること自体に、存在感のある Horn の好演が必須ということも痛感させられるだろう。
木管楽器群の難度もまた痛烈なこともあって近年演奏される機会も少ない楽曲だが、腕に自信のある Horn の皆さん、この曲で「勝負」してみては如何?
今こそ再評価され、もっと演奏されんことを! <Originally Issued on 2007.5.18 . / Revised on 2008.9.23. / Further Revised on 2023.12.24.>
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