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呪文とトッカータ

Invocation and Toccata J. C. バーンズ  James Charles Barnes  (1949- )


-Introduction-

聴いた途端にまさにビビッと来た。雷に撃たれたように一瞬でこの曲のとりこになった。

えーっ、この曲凄ぇ!カッコ良過ぎるだろ!絶対演りたい !! 「呪文とトッカータ」…誰の曲?え、バーンズ⁈ あの「アルヴァマー」の?えええっ


1983年度全日本吹奏楽コンクールでの福岡工業大学附属高校による名演をLive録音盤で聴いた私の様子は、こんなありさまであった。


■楽曲概説

吹奏楽界における大作曲家のひとり、ジェームズ・バーンズ

の代表作にして最高傑作と言って差し支えないだろう。

「呪文とトッカータ」 (1982年) は 「アルヴァマー序曲」 (1981年) で圧倒的な人気を得ていたバーンズの、また違った作風を提示しその人気を不動のものとした楽曲である。

人気の先行した 「アルヴァマー序曲」 とは真逆のシリアスで現代的な曲想と、実に凝った手法によるこの作品は当時意外感をもって受け止められた。

尤も、バーンズは 「交響曲(第1番)」 (1975年/2023年改訂) と「死の幻影」 (1976年/1984年・2006年改訂) というシリアスで現代的な楽曲により既に二度のABAオストワルド作曲賞を受賞していたのであって、「アルヴァマー序曲」 をしてバーンズの作風と思い込んだのは、単に当時の我々が情報不足であったからに過ぎない。ただ、私自身も大いに驚きバーンズの才能/実力のというものの凄まじさをハッキリと認識させられたことは事実である。


※バーンズ自身の意向も踏まえたとされる 「祈りとトッカータ」 という邦題もあるが、本稿では私にとってなじ   み深い 「呪文とトッカータ」 を採用している。日本語の 「呪文」 は必ずしも不吉や邪悪と結びつくものではな

  いし、この神秘的な曲想には 「呪文」 の方がイメージに合っているとも感じる。

  …何より 「呪文とトッカータ」 の方が圧倒的に ”カッコいい” ではないか!


「『呪文とトッカータ』では、コントラストを成す複数の異なる雰囲気・通常のものとは大きく異なるテクスチュア・多様な主題素材を提示して、現代のシンフォニックバンドが擁する幅広い楽器の色彩とエネルギッシュなリズムの推進力を発揮させるよう目指した。」

とバーンズ自身が述べているように、10分弱ほどの楽曲の中で現代吹奏楽の音色と機能が発揮尽くされた傑作なのである。


構成としては 「呪文」と「トッカータ」 の対照的な2つの部分が接続された楽曲ではなく、トッカータの最終盤に仕組まれた ”SENZA MISURA” (=サウンド・クラスターを背景に用いた「呪文」の提示) によって始まる再現部によってABA-coda の構成を呈し、斬新でありつつ充分な帰結感を示している。これについてバーンズは

「この予期せぬ冒頭部分への回帰によってこの作品は拡大されたABA形式となり、全く制約のない自由な締めくくり (=オープンエンド) となり過ぎないようにしている。」

とコメントしている。 「呪文」「トッカータ」「SENZA MISURA」「呪文再現部」「コーダ」のいずれに部分においてもバーンズの秀逸なアイディアや楽器用法の巧みさが煌いており、色彩感やテンション、劇的要素が満載されている。これほど個性的で前衛的なものを盛り込みながら、充実したサウンドと明確なクライマックスを存分に堪能させ、且つ9分ほどの尺の中で統一感もある実に整った構成となっているのはまさに「名曲、傑作」というほかはない。

トッカータにおける変拍子の絶妙な使い方、SENZA MISURA による転換への伏線=「呪文」再現の”匂わせ”方などをはじめ、楽曲としての完成度の高さに感嘆するばかりなのである。


■楽曲解説

バーンズ自身の解説 (「」) も交えつつ、楽曲の詳細について述べていく。

「冒頭の ”呪文(Invocation)” は前奏曲の役割を果たしており、劇的にして神秘的に演奏されなければならない。それはゴシック調の神秘的な雰囲気であり、ここではさまざまな色彩とポリフォニックなテクスチュアとのバランスに充分な注意を払ってほしい。」


Bass Trombone のペダル・トーンと Gong を伴った低音の暗鬱なサウンドとともに、ダイナミックで重厚に 「呪文」 が奏されて開始される。5/4拍子のB♭音4分音符のオスティナートには Antique Cymbal や Piano も加わっており、独特の響きが生まれていて印象的である。またこの5/4拍子の旋律は全曲を支配するものとなっている。


一旦鎮まってB♭音オスティナートは Piccolo+Flute+Oboe+Piano+Glocken によるオクターブ跳躍を含んだ高音域の8分音符のリズムへと移り、そこにポリフォニックにハーモナイズされた旋律の変奏が木管群によって展開する。弱奏ながら濃密な旋律となっているのが印象的である。この部分でバーンズは2小節を1ユニットとした10拍子で指揮するよう希望しているが、これはフレーズをより大きくとってほしいとの意図であろう。

続いて Oboe そして Euphonium のソロが現れる。ファンタジックな曲想に両楽器の音色が生きていて素晴らしい。


ソロが終わると Tempo Primo となって冒頭のムードを取り戻し、徐々に高揚してやがて烈風の如きエネルギーを発する最初のクライマックスが到来するが、その劇的な昂りがやがて遠く穏やかに鎮まるや、すぐさま快速な 「トッカータ」 に入る。


「"トッカータ" ではより厳密な線形対位法※1 と複雑で複合的なリズムを使用している。

これは ”現代化された” バロック様式※2 で書かれており、フーガ風の或いは対位法的な楽句に加え、和音を伴った主題も織り交ぜてスコアを充実させている。

この”トッカータ”において最も重要なのは、対位法的な部分は可能な限り明確で軽やかに、和声的な部分では可能な限り劇的に演奏することだと憶えておいてほしい。この対比を強調することで本作品が必要としているコントラストが生まれるのである。」


   ※1 線形対位法:Oxford Reference によれば 「対位法における20世紀の手法を表すために特に使用される用語         であり、和声的な意味合いよりも構造面での個々の要素に重点を置いた対位法をさす」とのことだが、「二つ

           以上の独立の旋律線を同時に結合する作曲技術である対位法の中でも、その複数の旋律線は生み出す調和

   的な関係をあまり考慮せず独立的で、それぞれのリズムも大きく異なることが多い手法のようである。

 ※2 バロック様式:上声部と低音を分離独立させ、確固とした低音の歩みの上で上声部を自由に飛翔させてお いて、比較的目立たない和声でそれを彩るようなものを響きの理想とし、対位法においては旋律の動きなど の全てが和声構造によって規定される方向に向かっていくこととなる様式。 (「新音楽辞典」音楽之友社)

    バーンズの云う ”現代化された” とは、線形対位法の使用などにより、一部バロック様式を逸脱していること    を指すのであろう。


3/4拍子の 「トッカータ」 は Muted Trombone の野趣に満ちた5声のハーモニー (F7♭9) が響いて始まる。バーンズは 「後半には難度の高い部分がいくつか出てくるので (破綻しないよう) あまり速く演奏しないように」 とコメントしているが、この 「トッカータ」 は ♩=160 程度の快速で緩むことなく演奏できたなら、一段とスリリングでエキサイティングな音楽となるであろう。


Anvil、Castanets、Roto-Toms、Timpani、Tambourine と次々と加わってくる打楽器群のソリが導入部を形成しているのだが、これが実に印象的で音楽的興味をそそり、エキサイティングさを昂らせる。

最初の Anvil の音色からして非常にユニークだ。

バーンズは 「トーチ・ダンス」 という、まるで打楽器のデパートのような作品も書いており打楽器の用法は意欲的かつ個性的なのである。 続いて 「トッカータ」 らしい木管群の緊迫したアンサンブルが展開する。打楽器のリズミックな合いの手も効果的であり、バーンズの云う 「可能な限り明確で軽やか」 な演奏が求められる局面だ。


続いて Whip (鞭) が入ってポリリズムとなり、 Horn+Alto Sax.+Tenor Sax. へ旋律が移って展開する。


これに続きハーモニアスな Cup Muted Trumpet ソリによる変奏を、 ポリリズムを形成する Trombone が伴奏する楽句が現れる。これは大変斬新であり、鮮烈な聴かせどころの一つである。

更に地の底からせりあがってくるようなクレッシェンドを経て、興奮が最高潮となる変拍子のクライマックスへと到達する。その前から次々と印象的な楽句を繰り出しておいて、そこからしっかりと繋がり、更に最大のクライマックスへと畳みかけていく。

音楽に途切れることのない流れがあり、設計に大局観が感じられる-。これこそが聴くものを感動させる名曲たる所以なのである。

激しく踊り狂う如きこの変拍子に突入する練習番号⑯では、三たび Horn のグリッサンドが吠える。ここでオプションの Hi-F が轟いたら聴衆にもアドレナリンが出まくること請け合いだ。


Trumpet+Trombone による小気味よい楽句と次々入れ替わる打楽器ソロ ( Timpani →

Triangle & Snare Drum → Wood Block → Bass Drum ) の応酬によってブレイクしたのち、「呪文」 の変奏による息の長い旋律が奏され、これに続いて幻想的なサウンドの中からフーガ風の楽句がさざめいて 「呪文」 の再提示を待つ。


まず静かにそして2回目は力強く 「呪文」 が再現され、次いで 「トッカータ」 冒頭の旋律も目まぐるしい曲想で再現されじわじわと帰結感を高めたところでズバッと場面転換し、特徴的な低音のパッセージと Cowbell に導かれた打楽器群が鳴り出す。

これに5/8拍子・7種のパターンで動き回る木管群+Glocken の忙しいパッセージが、そして更には Trumpet+Horn のフラッターによるハーモニーが加わって混沌としたポリリズムとなり、そのまま様々な音色とリズムが渦巻くサウンドクラスターの 「SENZA MISURA」 に突入するのだ。


「SENZA MISURA (拍子に厳格でなく自由に) では基本となる低音のリズムが木管低音+Piano で継続し、打楽器のポリリズムを伴奏する。この部分は 「呪文」 の主題を再導入するにあたって活気ある背景として機能させるべく、可能な限りありとあらゆるリズムを複雑に組み合わせたパレットを創り出そうとしたものだ。

Flute、Oboe、Clarinet、Glocken は (直前に始まった) 5/8✕2 拍子のパターンを各演奏者が選択したテンポで演奏し続けることが不可欠である。全ての演奏者が ”できるだけ速く” 演奏する必要はなく、各セクション内でゆっくり演奏する者、中程度のテンポで演奏する者、速く演奏する者をそれぞれ誰にするか合意しておくのが最善であろう。各演奏者の技量に応じて対応すればよい。」


「一方 Trumpet、Alto Sax.、Tenor Sax. は割り当てられた音符を不均等なパターンでできるだけ早いテンポで即興的に演奏する必要がある。

その際に木管群+Glocken の奏する5拍子のパターンは決して使用しないこと。」


「これら全て(=サウンドクラスターの状態) を少なくとも6秒間 (必要に応じて更に長く)続けてからⒶに入り、 「呪文」 の主題を再導入する金管低音群へ指揮者がキューを送り始める。

更にⒷから Gong とともに Horn と Tuba が加わって全セクションが劇的に高揚し続け、この自由な旋律が Tempo primo に近づくと、最後にはTimpani が更なる勢いを加えて冒頭の 「呪文」 のテーマに戻る。」

  ※一音ごとにキューを出すよう、↓で指示が記載されている

この 「SENZA MISURA」 こそは 「呪文とトッカータ」 の白眉であり、その手法の斬新さはもちろんだが、演奏効果および音楽としての表現の両面で実際にこの楽曲の価値を格段に高めている。音とリズムの混沌- その塊の中からおどろおどろしく 「呪文」 の旋律が聴こえて来て更にパワーを増し、遂には冒頭へ回帰する。

これほどに劇的な音楽の展開があるだろうか!


冒頭へと戻った音楽はその充満したパワーをみるみるうちに一層拡大し、文字通り火炎が炸裂したかのような最大のクライマックスとなる。その劇的さこそは大編成吹奏楽の持つ豊かなサウンドを存分に発揮させたもので、その感動は筆舌に尽くし難い。


壮大さを極めたクライマックスから急転直下、Allegro Vivo の快速でエネルギッシュなコーダへ突っ込んで終幕へ向かうが、

ここでは狂気をも帯びた激しさ、一気呵成さがほしい。


突如テンポを落とし重厚な Timpani ソロに導かれて全合奏のコードがフェルマータでクレシェンドし、劇的感動をダメ押しする4分音符が鮮やかに轟いて全曲を終う。






■推奨音源

吹奏楽史上に遺る傑作でありながら、「呪文とトッカータ」 にはノーカットの決定的名演の録音がまだない。

本稿の冒頭で述べた通り、私が 「呪文とトッカータ」 を知ったのは 鈴木 孝佳cond. 福岡工業大学付属高校 の1983年度全日本吹奏楽コンクールの演奏(実況録音盤)であった。 この演奏は楽曲の理想を現出した歴史的名演- まずプレイヤー一人一人の本格的な音色と高いテクニック、そして骨太で説得力のあるバンド・サウンドが圧倒的なのである。

それらを存分に発揮しつつ絶妙なテンポ設定、切れ味鋭い変拍子、コントラスト鮮やかな場面転換、実に幅広いダイナミクスレンジ、スケールが大きく躊躇のないクライマックスへの音楽運びによって、ひとつの輝かしい ”世界” が提示されている。 トッカータはテンポが速いだけでなく、音色もスピード感高くリズムがバシッと決まっており、特に練習番号⑱ 9-10小節目の Bass Drum は音色・リズム・ダイナミクス全てにおいてパーフェクト !! また練習番号⑯ではオプションである Horn の Hi-F が聴こえてきて、実にスリリングなのだ。 「SENZA MISURA」 でもバーンズの意図した通りのサウンド・クラスターが創り出されている。そしてここで特徴的なベースラインの動きを厚くし大きめに提示し続けた解釈は素晴らしすぎると思う。

まさに カットさえなければ理想の演奏である、と申上げたい。 カットなしの音源としては次の2つを挙げておきたい。

ジェームズ・バーンズ cond. 東京佼成ウインドオーケストラ


バーンズの自作自演盤として押さえておくべき演奏。”トッカータ” は落ち着き払ったテンポで演奏され、(トッカータの) 語源通り ”触れる” 感覚での各楽器の受け渡しが印象的。






鈴木 孝佳 cond. TADウインド・シンフォニー (Live)


当然好演なのであるが、 (コンクールにおける時間制限への対応があってもなくても) ”トッカータ” はもっとテンポが速く「切れそうな」方がスリリングで私の好み。

この演奏でも練習番号⑯ではオプションである Horn の Hi-F が聴こえてきてうれしい。





【その他の所有音源】

フレデリック・フェネル cond. 東京佼成ウインドオーケストラ

汐澤 安彦 cond. 東京アカデミック・ウインドオーケストラ

トーマス・スティッドハム cond. カンザス大学シンフォニック・バンド (Live)

ジェームズ・バーンズ cond. フィルハーモニック・ウインズ大阪


-Epilogue-

大学3年の春、学生指揮者として臨んだ最初の本番であるスプリング・コンサートでこの「呪文とトッカータ」を演奏した。この年から上野の森ブラスアンサンブルの花坂 義孝師匠を常任指揮者に迎えたこともあり、私の人生でも最も気合の入りまくった演奏会だった。

Oboe や Fagotto を欠く編成であり演奏のレベルもまだまだだったけれども、冒頭で Piano や Antique Cymbal (花坂師匠が芸大から借りてきて下さったのだ) を加えた個性的な響きも再現できたし、面白い演奏にはできたと思う。このスプリング・コンサートは、私の数少ない良い想い出の一つとなっている。


-あれから40年あまり、全く色褪せない本作の魅力に改めて惹きつけられている。ぜひレベルアップできた自分の Trombone でもう一度チャレンジしたいと切望するこの頃である。


            <Originally Issued on 2006.7.28. / Completely Revised on 2024.7.19.>




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