-Introduction-
まさに ”吹奏楽界のマエストロ” であられた 汐澤 安彦 先生が2025年1月7日にご逝去された。
日本において吹奏楽曲のレコードが作られるようになった、初期の初期からその録音指揮をされ、文字通り膨大な数の吹奏楽曲録音を遺された方である。CBSソニー(当時)が毎年発売していたアルバム 「コンクール自由曲集」 がその最たるものであるが、私などはその録音を繰返し繰返し聴き、どの曲も全て最初から最後まで空で歌えるほどになっていた。
そしてそれによって吹奏楽の魅力/音楽の魅力に深く深くはまり込んでゆき、遂には音楽なしでは到底生きられない人間に育ち、既に半世紀ほども Trombone を吹き続ける人生を送っている。
汐澤先生が演奏で示して下さった音楽の愉しみが生きがいとなり、私を育ててくれたのだ。本当に感謝してもし尽くせず、心から先生のご冥福をお祈りするばかりである。
■指揮者「汐澤安彦」との出会い
本当に数多い録音を聴いてきたわけであるが、”私が一番最初に出会った汐澤先生の演奏” は明確に挙げることができる。-それは 「聖歌と祭り」 (W. F. マクベス) なのだ。この曲こそが吹奏楽にそして Trombone という楽器に、いや真の意味で私が生まれて初めて音楽に接した中学1年の時に演奏した、吹奏楽コンクール自由曲だったからである。
「聖歌と祭り」 が収録されたのはコンクール自由曲集 「ダイナミックバンドコンサート Vol.2」 というアルバムであり、わが中学の部室にあったLPレコードを幾度となくかけ、カセットテープにも録音して聴きまくったのだ。
演奏:フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル
それをきっかけに、音楽そして吹奏楽への関心をぐんぐん高め、私は入手可能な吹奏楽レコードを片っ端から聴くようになっていく。全日本吹奏楽コンクール実況録音盤を除けば、その大半が 「汐澤安彦指揮」 だったのである。
※尚、この当時は本名の 「飯吉靖彦」 にて活躍されていた
このアルバムでは「聖歌と祭り」のほか、「チェルシー組曲」 (R. ティルマン) も特筆すべき名演である。生命感あふれるテンポによる音楽の運びと場面ごとの鮮やかなコントラストは汐澤先生ならではの仕上がりといえよう。
■名演の数々
汐澤先生が遺された録音は本当に数多く、挙げていたらキリがないが中でも私の愛する選りすぐりの名盤・名演をご紹介したい。
東芝EMI 「吹奏楽名曲集」 Vol.2
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
全てが名演だが、中でも R. E. ジェイガーの「ダイアモンド・ヴァリエーション」 「第3組曲」
は世界一の名演と断言できる。
まずとにかくテンポ設定の適切さが抜群!楽曲の魅力を最高に引き出したメリハリの効いた演奏である。
この 「ダイアモンド・ヴァリエーション」 の名演は何とCD化されていない !! それがこの楽曲が内容に比してあまり演奏されない大きな要因の一つだと思うし、吹奏楽界の損失である。何としてもデジタル音源化そして市販してほしい。
CBSソニー「コンクール自由曲集」 演奏:フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル
シリーズ第3弾のこのレコードに収録された 兼田 敏の 「シンフォニックバンドのための序曲」は
この楽曲最高の名演。ここでもテンポ設定の良さが小気味良い音楽を生み出しているとともに、前半9/8拍子の部分での心沸き立つ感じ- 単なるテンポの変化に止まらないそのニュアンスを表現しきった情緒あふれる演奏が本当に素晴らしい。この名演も何とCD化されていない !!
CBSソニー「コンクール自由曲集」
演奏:フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル
この年の「コンクール自由曲集」アルバムでは
A. O. デイヴィス の 「ウエールズの歌」 の名演が光る。美しく愛らしいこの曲を丁寧にそしてコントラスト豊かに聴かせてくれる。
そして C. カーター の佳曲 「管楽器のためのソナタ」 もとっても素敵な演奏である。この曲でも旋律の魅力を存分に伝える演奏になっている。
尚、この 「管楽器のためのソナタ」の名演も何とCD化されていない !!
マーチ・イン・デジタル Vol. 1 & 2
演奏:東京アカデミックウインド・オーケストラ
マーチの名曲の数々をスタート間もないデジタル録音にて収録したアルバム。
録音バンドメンバーの豪華な顔ぶれとも相俟ってどの曲も大変レベルの高い好演ばかり!特に生命感に満ちたリズムの良さは、汐澤先生ならではだと感じるところである。
スーザの名曲マーチをとっても、元祖のスーザバンドで行われていた演出を相当研究された様子が窺われ、魅力が発揮されている。
吹奏楽界にはマーチ演奏に強いこだわりのある方が多く、好みは人それぞれだと理解しているが、私は本アルバムの演奏の ”完成度の高さ” を評価している。本音源はデジタル配信もされているので、まだお聴きでない方はぜひ一聴されては如何だろうか。
CBSソニー「コンクール自由曲集 ’79」
演奏:フィルハーモニア・ウインド・アンサンブル
F. エリクソンの 「序曲祝典」 が日本の吹奏楽界を席巻したのは、この名演があればこそ! コンクールの地方大会ではこの曲を自由曲とするバンドが目白押しであった。テンポ良く爽快なこの演奏を聴いて、みな 「序曲祝典」 のとりこになってしまったのだ。
日本コロムビア「吹奏楽名曲選 ジェリコ」 演奏:東京シンフォニック・バンド
音楽之友社から日本版が出版されていた吹奏楽曲の参考演奏音源集だが、汐澤先生指揮のR. ミッチェル 「序奏とファンタジア」 は大変素晴らしい演奏。
コーダ部分では独創的な演出が成されているが、楽曲の魅力を一層高める非常にセンスの良い解釈であり、まさに汐澤先生の面目躍如だと思う。
CBSソニー「コンクール自由曲集 ’82」
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
そして、汐澤先生指揮の最高傑作がこのアルバムであると断言したい。
J. バーンズの 「アルヴァマ-序曲」 の人気を爆発させまた永遠のものとした、作曲者もビックリの超快速な演奏はあまりにも有名。
そしてA. リード の 「春の猟犬」 も最高の名演だと私は思っている。Allegro 部分は作曲者指定よりやや遅めのテンポで悠々と魅力を発散していく。
このやや遅めの絶妙なテンポで貫かれていることにより自然な音楽の流れのままに、終盤クライマックスのポリリズムの部分で圧倒的な音楽の説得力を発するのである。この演奏を初めて聴き終えた瞬間の、シビれるような感動の余韻は今でも私にありありと甦る。
同じくA. リード の 「第3組曲 ”バレエの情景”」 も他の追随を許さない名演。各楽章同士の鮮やかなコントラスト -抒情と興奮、一気呵成の終幕。まさに楽曲の魅力が爆発している。J. スウェアリンジェン 「インヴィクタ序曲」 もこの曲を大ヒットさせた名演であり、まさに汐澤先生の創り上げた ”吹奏楽の玉手箱” というべきアルバムになっているのである。
-Epilogue-
繰返しになるが、叙上は汐澤先生が遺して下さったもののほんの一部に過ぎない。
私は汐澤先生の演奏に本当に多く触れさせていただき、それによって音楽を一生の友とし、代え難い喜びと成して生きてくることができた。そしてこれからもだ。
先生にまだまだご活躍いただきたかった想いは絶えることがないが、汐澤先生の遺された演奏は永遠に聴くものを魅了し続ける。そのことを救いに感じる。
汐澤先生、本当にありがとうございました。どうか安らかに。
<Issued on 2025.1.11.>
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